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アレルギーっ子のたのしいかわいいお弁当アレルギーっ子のたのしいかわいいお弁当
(2008/03/22)
清水 美希

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突然、こちらに書くのは、とても気恥ずかしいのですが、
縁あって、アレルギーの子向けのお弁当の本をつくろうとのお話をいただき、
冬頃から本格的にレシピを作って、できたレシピ集が、ついに完成しました。
私の手元には、見本誌が参りましたが、店頭には21日ごろから順次並ぶ予定だそうです。
(アマゾンでは、22日からになっていますね!)


レシピには、我が家には普段ない素材もあり、
作るのに苦労した面もありますが、
なるべくシンプルな素材で、
忙しいお母さんが簡単に作れるようなものを考えてみました。
(ちなみにキャラ弁の本ではありません)

なお、表紙もとてもかわいらしいのですが、
実際の撮影用のお料理は、フードコーディネーターさんが作ってくださったため、
私の日頃のお弁当の出来との違いがあることはお許しくださいませ…。
(私ももっと美しく作れるとよいのですが…汗)


また、企画の段階で、米パンを是非入れたいとのお話だったので、
私も大好きなつなまよさんにお願いをして、
レンジ米パンレシピを提供していただき、さらにたくさんのご協力をいただき、
この本にステキな米パンレシピを収めることができました。
つなまよさん!本当にありがとう♪

そして、いろいろ相談にのっていただき、
またいつも応援してくださるびびあんさん!
本当にいつもありがとう♪

さらに、患者ではないのに、監修を引き受けてくださった先生方にも、心より感謝しております。


今回、たくさんのスタッフ、編集者の方によって、一つの形になるということを、改めて知って、
私にとっても非常に勉強になったなあと思っています。
この本にかかわってくださった全ての皆様に心よりお礼申し上げます。




ネットで普段からお付き合いしてくださっている方にとっては、
あまり目新しくもないおかずなのですが、
店頭で見ていただいたり、図書館などにリクエストしていただけたりすると、とても嬉しいです♪


なお、今回出版に伴い、
ブログの中の、息子たちの検査数値など、
個人情報にかかわるような部分など一部なのですが、閲覧停止の形を取りました。
皆さんから、いただいたコメントなどもあり、大事な大事な私にとっての記録ですが、
ご理解いただけますようお願いいたします。

今後とも、「ハハの部屋はkitchen!?」をよろしくお願いいたします。
今日で、ちょうどあれから一年だ。

去年の今日、夫が入院をした。

少し前から調子が悪くて、あちこちの病院にかかり、一度は救急車で運んでもらい、
検査も受けていたが、どこが悪いのかよくわからなかった。
そして、前の夜からとても辛そうだったが、
朝になったら病院につれていこうと早くからnonのお弁当を作り始めていたら、
6時過ぎ、とうとう痙攣を起こし、血を吐いた。
あわてて救急車を呼んだ。
二人の子どもを預けるところもなく、救急車には夫だけ連れて行ってもらい、
私たちは後から行くことにした。

そうは言っても、そんな緊急の時でも、nonのお弁当(もちろん今ほど凝っていないが…)、
そしてありったけのご飯をおにぎりにして、飲み物、お菓子、
手当たりしだいのものをバッグに詰めないと、出かけられない。
そんな準備をしていると、病院からすぐに来るようにという電話だ。

nonには幼稚園の支度もさせて、二人を連れて、病院へ向かう。
するとすぐに呼ばれ、近くの大学病院に救急車で転送するといわれる。
そして、私たちは、後から車で向かった。
二つの病院の位置はそれぞれ知っていたが、焦っているせいか、
割と道はわかるほうだが、二つの病院を結ぶ道がわからない。

それでも何とかたどり着き、受付まで行くと、病院の人が案内してくれる。
迷路のような通路を、ベビーカーを押し、nonの手を引きながら歩く。
そして、処置室に入ると、担当の先生からかなり危険な状態だという説明を受け、
これから処置をするという。
「よろしくお願いします」としかいえず、あとは待つしかない。

狭い控え室の中で、二人の子どもを抱え、待つ。
両方の実家に電話をすると、両母が来てくれると言う。
といっても、電車で2時間以上はかかる。近くに親類もいない。
夫の職場にも電話すると、管理職二人がこちらは飛んでくる。

狭い部屋の中でほとんどお会いしたこともない管理職二人と私と子どもたち、
nonの無邪気さがなかったら過ごせなかっただろう…。

nonは、みんなの前で、嬉しそうにお弁当を食べた。
すぐに駆けつけられず、夫には本当に申し訳なかったが、
食べるものを持って来てよかったとつくづく思った。
そうじゃなかったら、病院の中で除去の厳しいnonが食べられるものは何一つなかった…。

それから少しすると、夫がICUに入り、担当医から呼ばれる。
病状の説明を受け、預ける人もいないので、その時は特別に子どもも連れて、
夫と面会する。といっても眠る薬を使っているので、意識はない。

午後になって、管理職と入れ替わりに、母が来る。
すると、また担当医から呼ばれ、このままでは厳しいので、
違う処置をするという説明を受ける。
そして、また待つだけだ。

しばらくして、義母と夫の妹も来る。
nonは両方のおばあちゃんが来たので、おおはしゃぎだ。
こうして、夕方暗くなってきた頃、やっと処置が終わったといわれる。

病状は、まだなんとも言えず、体力次第だといわれる。
どんな時でも連絡が取れるようにといわれ、一日3回面会に来るように言われる。
病院まで、車で30分、乳児を抱えて、運転するのは私だけ、結構大変だ。

みんな疲れているので、夜8時過ぎに家に帰ることにする。
夕食は、途中のデニーズで食べることにする。
本当に食べられるファミレスがあって、これほど助かったと思ったことはなかった。

しばらく、両母との生活が始まった。
といっても、どうやっても食事は私が作らざるを得ない。
洗濯や掃除など、子どもの世話も手伝ってもらえるが、
離乳食もほとんど始めたばかりのtom、ミルクも飲まないので、
ちょっと預けることもできない。

そして、何よりも私が暗くなっては、家の中がまわっていかない。
とにかく、明るく過ごすように心掛けた。不安だったが…。
nonはこのときだけだったが、幼稚園に行きたくないと泣いた。
それを無理やりバスに乗せて、見送って、さすがに涙がこぼれた。

とにかく忙しかった。授乳中なのに、自分が食べることさえ忘れた。
もともとダイエットが必要な体型だったが、あの時はさすがにやせた。
泣いている暇もなかった。
でも、みんなが寝静まると、さすがに涙がこぼれた。

そんな時、よく投稿させてもらっていたアレルギーサイトの掲示板に、
愚痴をこぼさせてもらった。
書いてみるだけでも、スッキリした。
そして、会ったことのない方々なのに、たくさんの優しい温かい言葉をいただいた。
勇気も元気もいただいた。今でも本当に感謝している。

夫は、幸い体力があったせいか、10日ほどICUに入り、1ヵ月半ほどの入院を経て、
退院し、現在は普通と変わらない生活をしている。



私がブログを始めようと思った原点は、あの時だと思う。
私はアレルギーについては深い知識もなく、何が書けるのかわからない。
でも、私はあの時、掲示板で出会った方々に助けてもらった。
だから私の日々の小さな体験で、笑ったり、共感したりしてもらえることを
少しでも書いていけたらと思っている。